ヤンテロウ - デンマーク人の精神と美徳感を表す不文律 について
デンマークには、ヤンテロウという不文律の行動規範のようなものが昔からあります。「自分を何者だと思うな」というものです。これは、隣の人よりも自分が優れていると思ってはいけないということを意味しています。この教えが根付いているためか、デンマーク人は、富める人や社会的に地位の高い人が、そうでない人に偉そうな態度や言葉遣いをとることをひどく嫌います。
服装などもオフィスワークの人でも社外の会議のないときはジーンズなどリラックスした格好で出社していますし、ちょっと会って話をしただけでは、その人の収入や仕事などはあまり想像がつきません。
これは、奥ゆかしい、慎ましやかな、といった言葉に表される日本人の持つ美徳や考え方にも通じる規範だと常々思っています。実際に、日本からのお客様にお話すると、意図をさっと理解していただけます。
以前アメリカに嫁いだ日本人の方とお話していた際に、ヤンてろうのことをお話申し上げた所、同じ欧米人でも、アメリカ人とはずいぶん考え方が違うと驚かれました。アメリカでは、あなたは特別な存在、なぜならあなたはアメリカ人なのだから、と子供の頃から言われて育ち、大人になってふと自分を振り返った時に、意外に特別でなく隣の人とあまり変わらないということに愕然として、自分の実際の姿と想定していた理想の姿とのギャップに気づいて、心理的に不安定になったり、自信を喪失してしまう人が多いと聞き、私もそんな事があるのかとびっくりしたことがあります。
デンマーク人は、一人ひとりがユニークな存在で大切だということを教えられて育っているので、みんな違ってみんないい、違ってもどちらが優劣ということはないのだという「妙な」と言ってはデンマーク人に失礼かもしれませんが、自信があるので、そういった意味で自分に戸惑うことは少ないような気がします。
ただ、また別の側面もありまして、というか私にもデンマーク人にはなれないので、おそらく一生わからないことがあります。
デンマーク人は初めてあった人と会話を始めるきっかけづくりに、挨拶の次に、何してるんですか?とよく聞くのですが、この質問は、あなたのお仕事は何なんですか?ということを意図して聞いているのです。デンマーク人は、就業年令に達していれば男女共にほとんどの人が仕事をしているか、それを見据えた教育を受けているので、仕事がその人の大きな一部を占めているはずだという認識から、上下の配列をつけようという意図は(少なくともほとんど)なしに、単にその人のことを知る糸口をつかむために、この何してるんですか?という質問をするのですが、日本人からすると、お仕事はなんですか?という質問は、相手の方のことをいくらか知ってからだったら場合によってはしてもいいと言ったたぐいの質問だと思うので、はじめはちょっとびっくりしました。もし失業中の人は、自分はマーケッターだけれど今は求職中、自分は教師だったけれど、職種を変えたいと思って今は会計士になる勉強をしている、などと答えます。
デンマークに来て間もない頃に、デンマーク語の学校で、カリフォルニアから来たアメリカ人の友だちと話していたら、あの質問はないよねー、アメリカではあの質問は、あなたの年収はなんですか、社会的な地位はなんですか、と聞くようなものだから、タブーだよ。デンマーク人はデリカシーが無いよね、と言われて、所変われば質問も変わるんだなと思ったことがあります。
私は、デンマーク人は無邪気と言うか、悪気はなく、単にその人のことを知ろうとしているだけなのではないかと思うと答えたのですが、絶対違うよと言われました。私はデンマーク人ではないので、デンマーク人が相手の仕事を聞くことによって、その人のランク分けをしようとしているのかという深層心理のあり方については、コメントできません。今も謎です。
それでは、アメリカでは相手の人のことを知るためにどんな質問をするのか尋ねました所、カリフォルニアでは、あなたのジムの先生は誰ですか?など、趣味やスポーツに関することなら聞いてもいいんだが、仕事は何かとはよっぽど親しくならなければ聞かないよ、という答えでした。
その話を主人にした所、主人も以前ニューヨークに住んでいたことがあるので、アメリカ人のことは多少知っているという自負があるようで、そんなの、どこのジムに行けるかでその人の年収や社会的地位がわかるんだから、デンマーク人よりもちょっと聞き方が巧妙なだけで、聞いてることは結局同じだよと言われて、まあそういう見方もできなくはないなとも思いました。
ヤンテロウがあるから、誰も特別でない、故に、みんなが特別なので、仕事がいろいろでも、優劣はないという共通理解があるという前提のもとに、デンマーク人は、何やってるの?と気軽に聞いても非常識と見なされないということになっているのだろうということだけは分かるのです。
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